桃園神社

日本統治時代に作られた台湾にある神社

桃園神社は、台湾の桃園県にある神社です。
この神社は日本統治時代に建てられたもので、現在までこの時代に外国に建てられた社殿が残っているのは、珍しく貴重な神社です。

日本が台湾を統治していた1930年代には、それぞれの町に神社を建てるという方針が作られ、実際にたくさんの神社が建立されました。
その内の1つがこの桃園神社で、1938年に社殿が完成され、北白川宮能久親王や、大国魂命、明治天皇など複数の祭神を奉っていました。

戦後の取り壊しの風潮にも負けず生き残った数少ない神社

戦後、日本の敗戦によって台湾政府は日本統治時代に作られた神社の取り壊しを始めました。
また、日本と台湾の国交断絶も影響して、その動きは加速しほとんどの神社がなくなってしまいます。
この桃園神社もその例外ではなく、建物の老朽化に伴って取り壊し、他の施設を作ることになっていました。

しかし、多くの地元住民や学者の反対活動によって取り壊しが却下され、現在まで残っているのです。
地元に長年あり続けたという歴史と、建造物の学術的また芸術的な価値の高さが認められ、保存活動が行われたのです。
そして、もともとの神社の姿をそのまま活かしながら、修復を行うというスタンスで社殿が直され、元の姿を残した美しい建物が建っています。

文化的にも価値の高い桃園神社の建造物

政府の取り壊し政策にも関わらず、文化人や学者たちが保存計画を主張したのには、この桃園神社の建造物が文化的にもとても質が高いという理由が挙げられます。
確かに、修復がなされた現在の社殿を見ても、優美な造りとなっていて、見るものを引き込む力を持っています。

メインの建造物となっている本殿は、高床式の造りとなっていて熱帯気候を持つ台湾の風土に合った造りとなっています。
建物の周りは欄干がぐるっと囲んでいて、美しいスタイルを持っています。
8種類もの飾りが付されていて、どれも精緻で技術が求められる高度な造りとなっています。

また、また荘厳な雰囲気を与える門の扉には、細かな花や動物の彫り物がなされていて、その美しさに心惹かれます。
こうした技術は日本独自のもので、日本に昔からある寺社の造りを思い起こさせるものです。

一般の参拝客が訪れるところである拝殿も実に見事な造りをしています。
扉や柱、天井など、どの部分をとっても重厚な様式で作られていますし、その材質感や存在感には圧倒されるほどです。

現在では、この桃園神社は日本からの観光客が訪れる他に、地元住民の心のよりどころともなっていて、台湾においても神道の神社が国土を守るために、繁栄と安全のための祈願を行っています。
台湾を訪れる際には、この神社にも足を運んでみるのも良いでしょう。