三島神社

三島神社の起源とは?どのような事から始まったのか

三島神社の御本社は愛媛県今治市大三島にある元国幣大社の大山祇神社です。
1281年、河野通有(こうのみちあり)は氏神となっている大山祇神社に戦勝祈願し出陣しました。

その戦いで神使、白鷺の導きを受け勝利し、帰陣の際に夢の中で受けた神様のお告げによって武蔵国豊島郡の三島大明神の分霊をお迎えし、上野山内の河野氏の館に遷座鎮祭しました。

1650年になり徳川三代将軍家光公が社寺移転を命じ、金杉村、現在の台東区根岸に遷座し、
1710年にはこの社地が幕府の御用地となったことで、浅草小楊町、現代の台東区寿に遷座しました。

しかし氏神様が遠くなり困った氏子一同は念願し、分霊を金杉村字か那須町、現代の台東区下谷に願い、現在の三島神社となりました。
この三島神社の宮司さんは、代々、河野通有氏の子孫が奉仕されています。

境内にある三島神社の地主神・・・火除稲荷社

この三島人者の境内には、火除稲荷社という三島神社の地主神が御鎮座されています。
その昔、徳川氏が上野山内の火難方位除けとして勧請したとされ、昔は「ミサキ稲荷社」という名でした。

後に火除地としてこの地が定められ、その際に現代の火除稲荷と改称されていますが、いつその名となったのか詳しい事は伝えられていません。
現代は、この地域で火難除け、商売繁盛、家内安全や防災、安全の神様として親しまれ、地域を守っておられます。

雷井戸の伝説が伝えられる雷井戸

その昔、武蔵野辺りは原野が多く、この辺りに暮らしいてる人々はみな、怖い思いをしてきたといいます。
ある日、三島神社の境内に雷が落ち、その当時の神主が雷を井戸の中に封じ込めました。

すると雷は井戸から出してほしいと懇願し、神主はこの地に二度と雷を落とさないことを誓わせて雷を許したという伝説が残っています。
それ以来、この辺りには雷が落ちなくなり、人々が恐怖することもなくなったといわれ、現在も雷除けの井戸として雷井戸が境内に残されています。

雷が「落ちない」ことから、業績が落ちない、山から落ちない、試験に落ちないなど、様々な御祈願をされる方が多いといいます。

三島さまの石橋とは?

三島神社横の道路は今でこそ道路となっていますが、その昔は川でした。
土手は吉原に通じ、この皮にかかる橋を渡り参拝し、この橋は三島さまの石橋として近隣の方々、参拝に来られる方々に親しまれてきたといいます。

明治末期、この民に愛されてきた橋の一部を東参道の敷石として保存して今も見ることができます。
樋口一葉の有名な「たけくらべ」の中にも、この参道の事がかかれており、今も、大切に保存されています。

歴史ある神社として近隣の方々に愛され、親しまれている三島神社には多くの参拝客が今もなお訪れています。
雷井戸等、落ちない御祈願ができる所もありますので、一度起こしになってみてはいかがでしょうか。