石上神宮

緑に囲まれている石上神宮

大和盆地、龍王山の西のふもとにある布留山、その北西ふもと高台に位置に鎮座しているのが石上神宮です。
美しい常緑樹に囲まれるように鎮座する石上神宮は、日本最古の神社とされ、物部氏の総氏神様として古代信仰としても秀でた存在でした。
信仰される方々は健康長寿を願い、厄災を除け、百時成就の守護として厚く信仰されていたのです。

石上大神は第10代崇神天皇7年、石上布留高庭に祀られ、古典の中には石上神宮、石上振神宮などと記されています。
平安時代後期になり、白河天皇に崇敬され、現在の拝殿である神嘉殿を寄進されたといいます。
戦国時代、織田尾張勢によって社頭が破却され、一千石といわれる神領も没収され衰微しますが、氏人達の力強い信仰によって明治、神技の国家管理に伴って官幣大社に烈士、神宮号腹称となったのです。

禁足地とは

石上神宮拝殿、後方にある「布留社」と刻字されている剣先状の石の水垣が取り囲んだ場所、ここは禁足地と呼ばれます。
東西に44.5m、南北に29.5m、面積約1300㎡という土地が禁足地とされているのです。

古来石上神宮の御神体が静まる霊域とされ、石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)とたたえられてきたものです。
明治初年まで、中央東西約8.6mに高さ85cmのたかまりがあり、そこにはかなめの木と呼ばれるアカメモチが植わっていたといわれています。
神の聖域、禁足地は文字通り、足を踏み入れてはならない場所です。

玉類、剣、矛が出土した本殿

御神木の神剣「韴霊(ふつのみたま)」が禁足地に埋められているという伝承があり、その伝承を確かめるために、明治7年、当時の大宮司である管政友が官許を得て、禁足地の下を調査しました。
すると伝承通りに玉類、剣、矛などが出土、さらに韴霊も顕現、伝承は真であってということが実証されたのです。

この顕現を奉安するため、本殿を建立、さらに禁足地を北側に拡張子、その当時拝殿の西隣にあった神庫(ほくら)を禁足地の南西に移築し、現在の本殿の環境となったのです。
出土した玉類等については、重要文化財の指定を受けています。

石上神宮にお参りすると・・・

石上神宮は健康や長寿、幸福、平和などを祈願する場所、多くの方々がこの石上神社に訪れ、家族の健康や長寿、幸せにずっと暮らせるようにと願いを込めてきていますが、実は、石上神社に参拝すると、剣につながる神社ならではの功徳があるといわれています。

それは、霊的な剣を授かる事が出来、「過去の因縁を断ち切る事が出来る」ということ、また剣に導かれ、正しい方向に向かい努力する事が出来るという功徳です。
どうしても断ち切る事の出来ない因縁をお持ちの方は、石上神社にお参りしてみてはいかがでしょうか。