河口浅間神社

1200年結界に守られてきた富士山信仰の原点「河口浅間神社」

御坂峠の旧道はその昔旧鎌倉街道にあたる道で、歌にも詠まれた天下茶屋を今も目にすることができます。
御阪峠のふもと、山麓に身を隠す古寺だったため、富士山や河口湖などに来る観光客の皆さんも気が付かずに通り過ぎていたかもしれません。

しかしこの古いお寺さんは富士山を目指す人ならだれもが立ち寄り手を合わせ無事を祈った場所であり、御阪峠から見る事の出来る天下第一とされる富士の美しい眺めを堪能した場所でもありました。

1200年という長き間、結界に守られてきた富士山信仰を支え、多くの人たちの祈りを受けてきた河口浅間神社は、山裾のひっそりとその身を隠すように御鎮座されています。

古くから富士登山をする方々、富士山を目指す方々の尊い場所であったこの伝統ある古寺は、現在、富士山の世界遺産登録により構成資産として認定され、静かなたたずまいの中、より一層、その神秘な空気を漂わせています。

大噴火を起こす荒々しい富士山に住む神様をなだめようと作られた浅間神社

864年、富士山はそれまでにも活発な火山活動を続けてきた荒ぶる山でしたが、いよいよ歴史にその名を残す大噴火を見せます。
この荒ぶる富士山に暮らす神様をなだめようと、それまでは駿河国、現在の静岡県側にしかなかった富士信仰の源、浅間神社を甲斐国、山梨県側にも建立すべしとされます。

その勅令を受けて富士山真正面に向かいあう様に河口に建立されたとされています。
こうした歴史をみると、この河口浅間神社が建立されたことによって甲斐国と富士山がしっかりと絆を持ったと考えることもできます。

富士山で修業する修験道野山、富士信仰の始まり

火山活動が静かになり富士山を仰ぎ見て拝む自然崇拝という山から、次第に、その山を登り修業する山へと変わっていきます。

次第に富士山頂に仏様の世界があると信じる人々が、極楽浄土をめざし富士山に列をなし上るようになり、これが庶民の富士山信仰の広まりでした。

河口浅間神社は今でこそ静かなたたずまいを持っていますが、当時、富士信仰の拠点として河口御師の町が形成され、河口御師は長野や山梨などからの登山、参詣者を迎えることになり、吉田口に負けず劣らぬ繁栄ぶりを見せたといわれています。

神様を身近に感じられる富士の「母の白滝」

本当にわずかな時間、黒い岩肌を流れる美しい白い滝を見ることができる、これはあまり知られていないとされていますが、河口浅間神社の脇道から三ツ峠登山道入口あたりにある滝の事です。

富士山の神様といわれる木花開耶姫のお姑となる神様がお祀りされている滝です。
河口御師の町がその昔繁栄を迎えていた時、この村に宿泊する巡礼者の多くが、登山、参詣の前に、この美しい白滝で禊を行っていったと伝えられます。

冬になると滝は氷結し、人が決して作り出す事の出来ない真冬の造形美をみることができるそうです。